お盆休みにやることと言えば!お 墓 参 り !である。
お墓が遠いので車で1時間半くらいかかる。しかも山の上にあったりする。
今日はカンカン照りというわけでもなく、風も程よくあったのでそこまで暑くなかったのが幸いだった。それでも暑いものは暑いが。
山にあるということで、驚くのは雑草の生命力。水を抜くための排水口から立派な草?というか植物が生えていた。1mくらいあったと思う。そのままだと水が抜けないので力ずくで抜いた。思わぬところで筋力を試されるとは・・・。2か所あって1本は無事抜けたのだが、もう1本は抜けなくて少し根が残ってしまった。直径3cmくらいの穴から太陽を目指して伸びたんだろうな。どうやって種が落ち、何が養分で育ったのかは知らんが立派なやつだったよ。
お墓を綺麗にして、お線香と花をあげてきた。天国から見守っていてほしいと願った。
最近ではデジタルで墓参りするのも珍しくない時代だが、やはりちゃんとお墓はあったほうがいいと思う。維持するのが大変だけど。
しかし、天国というところがあったとして、そこからどんな気分で見てるんだろう。
人間は死んだあと祝福されるらしい。「現世でよく頑張ったね」って。
ついでに言うと生まれるときも「頑張ってね!」みたいなノリらしい。
これはまさか”現世が辛い”ことを見越してのことではないか?!
現実辛すぎない?悩みとか不安とかいうバケモノと常に戦い続ける日々。
モンスターペアレンツなんていう「リアルなゴブリン」的な親もいるしな。まさにモンスターだし、関わりたくないよな。
悪いことをして死んだら地獄に墜ちる、という教えがあるが、幼い頃に何の罪もないアリさんを踏んだりしてるし、トンボ捕まえて羽をむしったりしたから私は地獄行きかな・・・。そもそも天国と地獄のどちらに行くのかわからんし、死ぬのがゴールみたいなことを言う人もいるし(そういう歌詞の歌もある)死んだあとに居心地の良いから現世に戻ってこないなんてことを言う人もいる。
黄泉がえり(蘇り)とか輪廻転生とか、生まれ変わってまた人に生まれることは果たして幸福なことなんだろうか?その判断は人間として生まれた今、幸せだと思えない限り幸福とは言えないよなぁ。
よく恋愛小説で「生まれ変わってもまた君に逢いたい」とかいう展開があるが、それは今が恵まれてるから言えるセリフだよな。
私は生まれ変わったら「断崖絶壁に咲く一輪の花」になりたいです。
誰にも邪魔されず、誰かに摘まれることもなく、ただずっと太陽を浴びていたいなー。
そんで誰にも知られず枯れて消えてしまいたい。
正直、今の人生には後悔が多すぎる。あれをやっておけばよかったとか、あの時ああしていれば!とか。記憶を引き継いでまた生まれたときからやり直せるなら、また人間というか”自分”になりたい。そしたらWiki見ながら生きるようなもんだろう。
人生を攻略してやるんだ。大丈夫?ファ〇通の攻略本だよ?
後悔の一つもない、完全完璧な人生プランをやり遂げてやんよ!
・・・とか妄想してる暇あったら、今の人生どうにかこうにか充実させたほうがよい。
今しかできないことをやる。死んだらどうなるかは死んだら考える!